大判例

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福岡高等裁判所 昭和46年(行ス)6号 決定 1973年10月19日

事件

抗告人

大分県知事

立木勝

右訴訟代理人

後藤久馬一

加来義正

安部萬年

右指定代理人

伴喬之輔

ほか九名

訴訟参加人

大坂セメント株式会社

右代表者

松島清重

右訴訟代理人

後藤久馬一

加来義正

相手方

首藤日出生

ほか一五名

右相手方訴訟代理人

吉田孝美

岡村正淳

浜田英敏

主文

一、本件抗告を棄却する。

二、抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

(抗告の趣旨及び理由)

抗告人は、「原決定を取り消す。相手方の執行停止の申立を却下する。」との決定を求めた。その抗告理由とするところは、別紙(一)(即時抗告理由書)及び(二)(準備書面)記載のとおりである。

(当裁判所の判断)

一本件執行停止申立の前提たる本案訴訟(昭和四六年(行コ)第一三号公有水面埋立免許取消請求控訴事件)について理由がないとみえるときにあたるという抗告人の主張について。

この点については、当裁判所も、本件記録中の疎明書類によつて左記を付加するほか、原決定一枚目裏末行目から同二枚目裏三行目までに説示されているところと同一の判断をするので、ここに、これを引用する。

(1)、抗告人は、漁業権の放棄(一部放棄を含む。)にあたり漁業法八条五項、三項の類推適用があるものと仮定しても、昭和四五年三月二一日に開かれた申立外臼杵市漁業協同組合(以下、単に申立外漁協という。)の臨時総会において水産業協同組合法五〇条四号所定の議決が行われた際、右類推適用による関係漁民三分の二以上の明確な同意を得たものと目すべき事情にある旨主張している。

しかしながら、漁業権の放棄(一部放棄を含む。)にあたり、三分の二以上の書面による同意もしくはこれと同一視し得べき明確な同意を徴すべきものの範囲は、漁業法八条五項、三項の趣旨にかんがみ、その放棄に際して、当該漁業権の内容たる漁業を営む者で、当該漁業権にかかる関係地区内に住所を有するものを対象とするものと解すべきところ、本件共第三〇号共同漁業権の内容たる第一種共同漁業を営む者で、抗告人が同共同漁業権の関係地区として定めた臼杵市大字臼杵、同板知屋、同大泊、同風成、同深江、同市浜、同諏訪、同大浜及び同中津浦の各地区に居住するものは、総数一二九名であることを認めることができ、反対の疎明資料は存在しない。しかるに、本件記録を検討しても、右一二九名の三分の二以上の者が右共同漁業権放棄(一部放棄)について前叙説示したごとき明確な同意をしたことを首肯せしめるに足る疎明資料は、これを見出すことができない。従つて、抗告人の右主張は、採用することができない。

(2)、次に、抗告人は、本件埋立免許の申請にあたつては、漁業権者たる申立外漁協の同意がなされているところ、仮りに、右同意に何らかの瑕疵があつたとしても、表見代理の法理により、善意無過失の第三者たる参加人に対する関係では、これを有効と目すべき関係にあり、従つて、右同意を前提としてなされた本件埋立免許も、公有水面埋立法四条一号の要件を満たし、瑕疵なきに帰する旨主張している。

しかし、公有水面埋立法における埋立免許(同法二条)は、埋立免許権者たる地方長官(都道府県知事)の意思表示によつて、埋立出願者に対し、法律上有効な埋立権を設定する行政行為であり、かつ、出願を前提とするとはいえ、出願者の意思に拘束されない、いわゆる公法上の単独行為として解すべきものであるから、私法的な取引原理である表見代理の法理が適用または類推適用される余地はないものというべきである。従つて、申立外漁協のなした同意が参加人に対する関係では有効な同意にあたることを前提とする抗告人の右主張は、採用できない。

そうすると、本件につき、本案について理由がないとみえるときにあたらないとした原決定は相当であり、この点に関する抗告人の主張は、理由がない。

二原決定には、完全な理由の記載を欠く違法があるという抗告人の主張について。

民訴法二〇七条において、決定及び命令には、その性質に反しないかぎり判決に関する規定を準用する旨定めていることは、抗告人主張のとおりである。しかし、同法一九一条が判決につき事実及び争点並びに理由の記載を要求しているのは、判決が当事者の主張する事実に基づき争点について判断を与え、その権利義務を終局的に確定するものであることによるものと解されるのであつて、回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるときになされる行訴法二五条二項所定の執行停止の場合に、判決と同様の程度の記載が要求されているものとまで理解することはできなく、事案に応じて、簡略な記載をすることも許されるものというべきである。しかるに、原決定は、その判示簡にして要を得たものということはできても、理由を付さない(あるいは、不備がある)違法があるといえないことは、判文自体に徴して明瞭である。この点に関する抗告人の主張も、理由がない。

三その他、本件記録を精査するも、原決定には、これを取消すべき何らの瑕疵もみあたらない。

四してみると、行訴法二五条二項によつて本件埋立免許処分の効力を停止した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから棄却を免れない。

よつて、行訴法七条、民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり決定する。

(佐藤秀 麻上正信 篠原曜彦)

(別紙(一))

即時抗告理由書

抗告人は、本件執行停止決定に関し、次のとおり即時抗告の理由を提出する。

第一 原決定には、理由不備の違法がある。

原決定は、行政事件訴訟法第二五条所定の執行停止決定であるところ同法第七条は「行政事件訴訟に関し、この法律に定めがない事項については民事訴訟の例による」と規定しているから原決定に関しては、民事訴訟法第二〇七条、第一九一条により理由の記載が要求されている。従つて原決定には、それ自体完全な理由を記載することを必要とする。しかるに原決定は「本件、公有水面の埋立を免許するには、漁業権を一部放棄するについて水産業協同組合法第五〇条第四号所定の特別決議のほかに漁業法第八条の規定を類推しその漁業権の内容たる第一種共同漁業を営んでいる組合員のうち関係地区に住所を有する者の三分の二以上の書面による総会前の同意、これによらないまでも総会時におけるこれらの者の右に類する明確な同意を要するものと解すべきところ、本件においては右の同意を欠いた違法がある」として執行停止の申立を認容しているのであるが、右は単に結論を記載したのみで何故にそうなるのかについて具体的な理由は示されていないのである。思うに法律が理由の記載を要求している趣旨は裁判の公正を担保し、かつ当事者が不服申立の要否を判断するに資するためであると解されるが、原決定は抗告人の諸般の主張に対しては、何ら判断せず前記の如き結論のみを記載したにすぎないので、抗告人としては本件、抗告理由書の作成にあたつても当惑しているものである。

要するに、原決定は理由不備の違法があるので取消さるべきであると思料するが、抗告人はやむなく本件の本案判決の理由に従い、これとの関連で、以下抗告理由を述べることとする。

第二、本件執行停止の申立は、本案について理由のない申立である。

このことに関する抗告人の主張は、すでに原審で詳細に述べたとおりであるが、以下原判決との関連において、次のとおり、補足主張する。

一、漁業制度と漁業権

本件事案においては、漁業制度ないし漁業権の法的性質について適正な理解をすることが不可欠の前提となるが、原判決は漁業権の性質について著しく誤つた判断をしているので、まず漁業制度ないし漁業権の法的性質についてふれる必要がある。

(一) 漁業制度の沿革

(1) 明治の漁業制度

徳川時代の漁業は、「磯は地附沖は入会」といわれた如く、漁場が藩主の「領有」に属することを前提に地先水面(主として定棲性生物を対象とする)は、地元の漁村部落に独占的利用の慣行あるいは権利を認め、沖合漁場(主として洄游性魚族を対象とする)については附近部落の共同利用あるいは功績、縁故、貢納の有無等によつて独占的な水面利用を認めていた。

明治政府は、明治八年太政官布告(明治八年第一九五号)をもつて海面の官有を宣言し従来の漁業利用関係は一切これを否認し、新たな海面使用申請に基づいて権利を付与することとした。その結果は漁業紛争の続発するところとなり、一年を経ずしてこの布告を撤回し、従来どおりとせざるをえなかつた。

ところで明治三四年に至り維新以来の漁業形態の変動と旧来の慣行による深刻化した漁業の抜本的解決を図るため法律による国家的統制を行なつた。しかし、この法律は実情にも即していないし、また漁業権の法的性格が明確でないとの理由で、明治四三年これが全面改正を行ない、いわゆる明治漁業法が成立するに至つたのである。(以下改正前、改正後の漁業法を通じて「旧漁業法」という)。

参考文献

水産庁経済課編「漁業制度の改革」 七頁〜一一頁

工藤重男「判例通達による漁業法解説」 一頁〜 三頁

(2) 旧漁業法における漁業権制度

沿岸漁業における漁業権制度は、専用漁業権、定量漁業権、区画漁業権および特別漁業権の四種の漁業権のほか、入漁権の制度である(明治四三年漁業法第四条〜第六条、第一二条、同法施行規則一一条)が、これら漁業権は次に述べるように藩政以来の慣行をそのまま、各形態に応じて漁業権あるいは入漁権として認めたにすぎないものであつて、そこに漁業の発展的、改善的要素は何も含まれていなかつた。

すなわち、旧来の村中入会的形態による漁業関係は専用漁業権に、個別的独占的漁業の関係のうち漁具を定置するものは定置漁業権に、一定区域内で魚類等の養殖を行なうものは区画漁業権に、その他を特別漁業権に、そして他村特地入会的形態による漁業関係を入漁権にそれぞれ構成した。

このように、漁業権の内容は、旧来の慣行をそのままとり入れたにすぎず、その後における海況の変化、技術の進歩、経済の変動等諸般の事情の変更に対処する方法が見込まれていないばかりか、これを物権とみなして強力な独占的、排他的地位を付与し、次に述べるような免許の更新制度の運用によつて封建的割拠的漁業権制度は、法的裏付をもつた制度として確立するに至つた。すなわち、明治四三年漁業法第一六条第一項では「漁業権ノ存続期間ハ二十年以内ニ於テ行政庁ノ定ムル所に依ル……」と規定し、その二項では「前項ノ期間ハ漁業権者ノ申請ニ依リ、之ヲ更新スルコトヲ得」と規定していたのであるが、この規定から直ちに漁業権者に更新請求権を認めたものと解すべきかどうかは必ずしも明らかではない。しかし、すでに漁業権自体、旧来の慣行換言すれば半永久的な地位を権利化したものであるという沿革にかんがみ、「存続期間ノ更新ノ申請ハソノ漁場ニ於テ繁殖保護公益ソノ他ノ理由ニヨリコレラヲ免許スヘカラサル場合ヲ除クノ外ソノ申請者ニ免許スヘシ」(明治四三年三月一五日水第二八三五号農商務大臣通達)とかあるいは「漁業法上新規ノ漁業免許ノ出願ト漁業権存続期間更新免許ノ申請トカ競合スル場合ニハ特別ノ事由ナキ限リ後者ヲ免許スル趣旨ト解スルヲ妥当トス」(行判昭和二年一〇月一三日判決行判録三八輯一〇七七頁)というように、少なくとも更新申請者は新規の出願者よりも有利な地位にあるものと解されており、かかる有利な地位は、行政庁に対する関係においても特段の事情なき限り当然に免許の更新をうけうる地位として尊重されるところとなつたのである。立法上の沿革にかんがみるときまことにやむをえないものと思われるのであるが、水面使用の無計画性と封建的漁業の確立の温床ともなつた要因の一つをここにも見出すことができるのであつて、戦後の漁業改革がかかる固定化した漁業慣行の打破を目途としていることに思いを至す必要があるのである。

それはともかくとして、このように更新制度の運用によつて封建的慣行は法的に固定的な権利として承認されることとなり、その結果は海況に応じた海面の総合的利用は図られなくなるばかりか、ひとたび漁業権を掌中に収めると独占的財産権としての地位をほしいままにすることとなつたのである。すなわち、従来からの土着の部落民は漁業権を独占し、新しく部落に入つた者に対してはこれを認めないとすることによる抗争、部落民間の階層分化の発生は漁業を営まずして収益のみの配分をうける不労所得者を生み、そしてこれらが次第にボス化してきたこと、あるいは魚群の移動に伴う他漁場の侵犯等各種の弊害を生ずるに至つた。また、入会関係をそのまま固定化したため、各自の漁獲量の平均化しているうちはともかく、何者かが新漁具、新漁法によつてこれが増大を図ることは資源に限りがあるから必然的に抗争を生むところとなり、いきおい機械動力の使用、あるいは漁法の研究を妨げ、生産力の増加を自制することとなつた。また、特定の部落民あるいは個人に漁業権が特許された場合には、その漁場はその者の半永久的な独占漁場となり、これをほしいままに使用することとなつて、自由競争による漁業生産力の増加は望みえないばかりでなく、漁業権者と漁民との雇傭関係はきわめて封建的となり、そのほとんどは身分的にれい属し、そしてそれは子孫に引き継がれていくのであつた。漁民は漁業のほかには生計を維持する途がないのに対し、漁業権者は漁業をやろうとやるまいと自由であつて、漁民に対して生殺与奪の権を握つており、しかも漁業権の譲渡、賃貸は自由であつたから漁民は生活に不安をきたすとともに、身分的なれい属、低賃金による就労を余儀なくされるのであつた。これらに加えて、漁場の使用と経営をめぐる網元、小漁民、舟子の争い、そして家を中心とした骨肉の争い、地元民と他部落民との争いとあいまつて、漁村の封建性と漁民の窮乏は極地に達し、商人や高利貸の支配のための温床となり、これらの者は漁業権者と結びついて沿岸の漁利を独占して漁村のボス支配制度はいよいよ強固となつていつたのである。

参考文献

水産庁経済課編 前掲書 一一頁〜二三頁

工藤重男 前掲書 三頁〜 六頁

(二) 漁業制度の改革

(1) 旧漁業制度の全面廃止

漁業制度の改革は、農地改革と共に終戦後いち早く連合軍最高司令部より日本民主化政策の一環としてとりあげられ、三年有余に亘つて審議の末、昭和二四年一二月二五日新漁業法が成立したのであるが、その改革の内容は次のとおりである。

旧漁業法によつて免許された旧漁業権は、新漁業法施行後原則として二年後に一斉に消滅することとし(新漁業法施行法第一条第一項)これによつて消滅する漁業権等に対しては補償金を交付することとした(同法第九条以下)。このことは、旧漁業法に基づいた封建的な漁業権を一たん全面的に消滅させ漁場の利用関係を一切白紙にもどした上で、計画的な新漁業権の免許をしようとしたためにほかならない。すでに詳述した如く旧漁業法下における封建的漁業秩序は沿革的にみてきわめて根強いものであり、かかる漁村に根強く巣喰つている慣行、秩序を否定し、新しく漁業秩序を図るためには旧制度をそのままとして技術的な改正の方法では到底これが実現を期し難いところから、旧漁業法の全面廃止、新漁業法の制定という運びに至つたのである。このように、旧漁業法による漁業権を消滅させるのであるから、これが補償金を交付することとしたものであるが、それによつて、漁民の漁業改革に対する認識、換言すれば、半永久的な権利として認識されていた旧来の慣行は完全に消滅し、これから新しい漁業制度が確立されるのであることを認識させ、併せて漁業を近代的産業として確立させるための経済的裏付けにもしようとしたのである。

参考文献

水産庁経済課編 前掲書三一頁以下八七頁以下

工藤重男 前掲書八頁以下

(2) 新漁業制度の確立

新漁業法におけるもつとも重要な役割は、漁場計画(第一一条)免許についての適格性(第一四条)、優先順位(第一五条〜第一九条)、存続期間(第二一条)、漁業調整委員会(第六章)の各制度である。これらは何れも旧漁業制度の弊害を再び招来しないようにし、その時期に応じたあるべき漁業制度の確立を図ることを意図する新しい感覚のもとにおける制度である。

(イ) 漁場計画制度

新漁業法第一条は「水面を総合的に利用しもつて漁業生産力を発展させ、あわせて、漁業の民主化を図ることを目的とする」旨規定しているが、この水面の総合的利用を図る基盤となるものが漁場計画制度である。

水面には魚類、貝類、藻類等が立体的又重複的に棲息、繁殖しており、これらを対象とする漁業も一定水面に多種多様のものが立体的・重複的に存在する。ここに平面的である土地の利用とは異なる水面利用の特質があるのであつて、例えば水面を区画して一漁業に分割所有的に利用させれば、他の漁業を排除して全体の生産力を低下させる結果を招来する。旧漁業法では漁業権を取得しようとする者は任意の内容を申請し、このばらばらな個別的申請に対して既に免許を与えた漁業権と相容れないことのない限り免許していた(旧漁業法施行規則第一七条)。そこで、新漁業法は総合生産力を発揮するよう多種多様の漁業を各当事者の恣意に任せず、全体的見地からそれぞれ適合した地位におくよう総合的な漁場利用計画を定めることとしているのである。ところで漁場の水温、海流、餌料、生物等の環境や状態は変化するものであり、また、漁具、漁法の進歩、発達によつて漁業の目的や態様に変化を生ずるのであるから、このような自然的、社会経済的な条件の変化に対応して合理的な漁場計画を樹立する必要がある。

(ロ) 適格性、優先順位制度

右にみたように、漁場はその時における諸条件海況に即して定められなければならないのであるがかくして定められた漁場であつても、漁業権者の選定をあやまつたのでは、その意義は失われるのである。漁業を営む者は、漁場をもつとも高度に利用する者であつて、かつ漁業の民主化を阻害しない者でなければならない。かかる要請にこたえるための制度が適格性と優先順位の制度である。すなわち新漁業法は、漁業を営む者としての最低の要件を定め(第一四条)、これらの者の中からもつとも適した者について順位を定め(第一五条〜第一九条)、漁業権者の選定が恣意に陥ることのないよう期するとともに漁場の高度利用と漁業の民主化を図つているのである。

(ハ) 存続期間制度

さきに、みたように、漁場は変化するものであり、漁業権はこのような変化に応じたものでなければならず、またその行使主体は当該漁場をもつとも高度に利用する者でなければならないのである。そのためには、漁場計画は一定の期間ごとに立て直し、漁業の内容および行使主体を全面的に再検討する必要があるのである。かかる要請に応ずるものが存続期間の制度である。したがつて漁業権は存続期間の満了によつて完全に消滅しなければならず、また従前の漁業権者の期待的利益などがあつてはならないのである。漁業権を半永久的な権利と解したりあるいは更新制度を認めたりすることのできないことは、存続期間制度のおかれた趣旨からして明らかであろう。

(ニ) 漁業調整委員会制度

新しい漁場制度は漁民の意見を反映させて確立されるべきであるとの考え方から、新漁業法は漁民が漁民の中から選出した委員と知事が学識経験者の中から選出した委員で構成する海区漁業調整委員会の制度を設け意見をきくこととしている。

すなわち法は、漁場計画樹立の場合(第一一条第一項第三項)、免許申請があつた場合(第一二条)、適格性の有無を判定する場合(第一四条第一項)、漁業権の取消の場合(第三七条〜第三九条)、漁業権の変更、取消の場合の補償金額決定の場合(第三九条第七項)等広く同委員会の意見をきくこととしている。

(ホ) その他

新漁業法では、漁業権の種類、範囲および性質に変更のあつたことも看過できない点である。すなわち、旧漁業法の定置漁業のうちから小型定置を除き、水深二七メートル以上のものを新法では定置漁業権とし、旧法の専用漁業権、特別漁業権および定置漁業権を整理して共同漁業権を創設した。また、旧法の区画漁業権は新法においても同様の定義でもつて定められているが、これは理論的には旧来の権利をそのまま認めたというのではなくて次に述べる性質をもつた漁業権として新しく創設されたものとみるべきである。

参考文献

水産庁経済課編 前掲書

工藤重男 前掲書

水産庁編「新漁業法の解説」

(三) 漁業権の性質について

前述のとおり新漁業法では、定置漁業権、共同漁業権および区画漁業権の三種類を設けたが、これらに共通する漁業権の性質について検討する必要がある。

漁業権は新漁業法自体から明らかなとおり公共の用に供する水面につき水面の総合的高度利用をはかり、漁業生産力の発展と漁業の民主化を実現することを目的とし、漁場計画を基本として、行政処分をもつて創設される権利であるから、新漁業法第二二条では旧漁業法におけると同じく、漁業権を物権とみなしているとはいえ公共の水面を利用することからする性質から、他の私権に比し、公的制約が極めて強く、その私権的性格は著しく制限され公権的性格(公義務的性格を含む)を併有するものである。(水産庁経済課編前掲書四五〇頁以下、工藤重男前掲書三六頁)。従つて、単純に土地所有権等と同一視することはできず、このような漁業権の基本的性格を前提において爾余の問題が考えられなければならない。

(四) 共同漁業権と漁業を営む権利との関係について

新漁業法では、共同漁業権の保有主体は、漁業協同組合または、これを会員とする漁業協同組合連合会に限定され(第一四条第八項)、その漁業を営む権利は組合員が有するもの(第八条第一項)、とされている。新漁業法が漁業権を漁業協同組合に帰属させたのは前述のとおり新漁業法の目的が、旧漁業法の下での封建的弊害を改革することにあり、その改革を漁業権の社会福祉的機能と漁業生産力を向上するための漁業権の産業的機能との調整によつて実現せんとし、その目的実現のシステムとして漁業権を協同組合に帰属させるという方法がとられたものである。(水産庁経済課編前掲書二二三頁以下、水産庁編前掲書二一頁以下水産庁漁政部長回答昭和三・四・二六調一―一七八)。新漁業法では、組合員に漁業を営む権利を与えているが、これは沿革的な旧来の入会権的なものを追認したものではなく、全く別途に、組合の有する漁業権の具体的内容として法定されたものである。そして、組合員のこの地位は、漁業協同組合という団体を構成する団体員としての地位と不可分のものとして与えられている点でいわゆる社員権的権利である。従つて組合員の有する権利は漁業権そのものではなく、漁業権に基づく権利―漁業権から派生している権利というべきである。

二、漁場区域の変更決議には、漁業法第八条の規定の適用はない。

原判決は、「漁場区域の変更決議には漁業法第八条の規定が類推適用される」とし、このことを基本として、その余の判断を行なつているが、これは次に述べるとおり全く不当な見解である。

前述の如く、現行漁業法は、漁業権の帰属と組合員の漁業を営む権利とを明確に区別しており、水産業協同組合法においても、漁業権の得喪変更と行使規則の制定変更についてこれを区別して規定している(第五〇条、第四号、第五号)。さらに、漁業法第八条第三項ないし第五項は、明文を以つて「行使規則」の制定、変更の場合についてのみ規定しいるのである。それ故、漁業権の変更の場合に、行使規則の変更の場合と同じく、組合員の漁業を営む権利を失わしめる結果となつてもこの一事を以つて、漁業権変更の場合に、行使規則の変更について定める漁業法第八条所定の手続と同じ手続が必要であるとするのは、立法論としてはともかく解釈論として、現行法体系上、容認することができない。

漁業権変更の場合現に漁業を営む者の権利の保護については漁業法は、漁業権変更に、知事の免許を要することとして、知事の後見的監督によつてこれを保障している。

組合員の有する漁業を営む権利を、私法上の例えば共有持分権等と同一視して、漁業権変更の場合にも行使規則の変更と同様の手続を要するとすれば行使権者の意思によつて、漁業協同組合の有する漁業権の処分、管理権能を侵害し、行使権が漁業権から派生したものであるという前述の漁業権の基本的性質に反するだけでなく、さらに、漁業権自体がその保有主体たる漁業協同組合が適格性を喪失したとき(第三八条第一項)や、漁業に関する法令に違反したとき(第三九条第二項)、漁業調整その他公益上の必要があるとき(第三九条第一項)に取消されること(この場合、当然に組合員の漁業を営む権利も消滅する)、また漁業権が永久のものでなく存続期間内だけのものであり、共同漁業権にあつても一〇年間で消滅する(第二一条)こと等の規定から漁業権以上に組合員の漁業を営む権利を重大視する矛盾した結果に陥いるものである。

また、実体規定にあつては、正義ないし公平の観点から他の規定を類推適用することはあるが、手続規定は極めて技術的なものであつて、その手続の実行は、明文の規定に従つて行なわれるべきであり、かつ、それをもつて足りるというべきである。従つて他の手続規定は、明文で準用されない限り、これを適用する余地はない。

以上見た如く、いかなる点からしても、原判決の漁業権の変更の場合に漁業法第八条の手続が必要であるとする見解は不当なものである。

漁業法に関する所轄庁たる水産庁の行政解釈もかかる見解を否定しており(水産庁漁政部長回答昭和三四年三月二六日調一―一七八同回答昭和四四年四月八日四四―八四)、さらに、高松地方裁判所、昭和四五年四月二八日判決も「えむし漁業権の消滅についてはさらに関係地区漁民の三分の二の書面による同意が必要であるとの主張についてみるに、もしそうであるならば漁業権行使権者の意思により塩飽漁連の有するえむし漁業権の処分管理権能が制限されることとなるが、このような結果は、行使権が共同漁業権の範囲内において行使されるものとする漁業法第八条第一項の規定に反するものである。行使権はあくまで漁業権行使規則に基づき漁業権の範囲内において行使されるものであり、漁業権の存在を前提としているものであつて、漁業権自体の管理処分機能をその内容とするものではない。」と判示して、かかる見解を否定している。

以上要するに本件の場合にあつて漁業権変更につきこれと全く別異の規定である行使規則に関する漁業法第八条の規定を適用することは、はなはだしく失当であるといわざるを得ない。

三、漁業区域の縮少は、漁業権の変更である。

原判決は「漁業権の漁場区域の縮少は、漁業権の一部放棄であつて変更ではない」旨判示しているが、これは漁業権の性質について理解を欠いた誤つた判断である。

(一) 漁場計画と漁業権免許との関係

共同漁業権の設定免許手続はまず、知事が漁業権ごとに漁業種類、漁場の位置および区域、漁業時期その他免許の内容たるべき事項、免許予定日、申請期間並びに関係地区を定めて(この手続きが前述の如く「漁場計画の樹立」と呼ばれている。)公示する(第一一条第一項、第五項)。

漁場計画の公示後、知事は、漁業権免許申請について漁場計画に反しないことを確認したうえ他の法定条件を審査して免許する(第一三条参照)。

右に述べたように、共同漁業権はその権利内容(営む漁業の種類、漁場の位置及び区域、漁業時期)は各々個別の漁業権について当該権利設定前にあらかじめ漁場計画によつて具体的に定められているものであり、免許申請に対する審査は、当該定められた内容を持つ漁業権を誰に対して免許するかという審査のみを行なうしくみになつている。それ故、例えば鉱業権のように申請人が鉱区等の権利内容を任意に定めて免許申請をするのではなくて、あらかじめセットされた権利内容の漁業権を取得すべく申請人が免許申請を行なうこととなつているのである。

漁業権は物権とみなされているが、本来の物権とは異なり、どのような漁業(漁業種類)をどの場所(漁場の位置及び区域)で何時行なうか(漁業時期)という内容まで個別にかつ、具体的に決められた権利なのである。

(二) 漁場計画と漁業権放棄との関係

(1) 漁業権の全部放棄の場合

漁業権者が当該漁業権を全部放棄することについては、法第三一条第一項によりこれをなすことができ、この放棄については免許を必要とする規定は存せず他になんら制限規定が設けられていない。従つて、漁業権者は漁業権を自由に全部放棄することができるが、それは、今まで述べてきたように、漁業権の免許はあらかじめセットされた漁業権を誰に付与するかということが問題なのであるから今まで免許を持つていた者が漁業を廃止して漁業権を全部放棄することは免許の返上であつてこの場合知事は、その漁業を行ないたい他の適格者に漁業権を免許すればよいのであつて、この場合、漁場計画には何ら変更を来さず他に漁業調整その他公益上の見地から漁業調整を行なう必要がない。そこで法は漁業権の放棄について特別の制限を加えることなく放棄の登録も当事者の単独申請でこれをなすことができるものとしているのである(漁業登録令第一六条第二号)。

ちなみに漁業権が全部放棄され、他の適格者にその漁業権を免許する場合でも、その免許された漁業権の存続期間は従前の漁業権の残存期間とされるが、これは、漁場計画で漁業権の内容が存続期間をも含めてセットされたものだからである。

(2) 漁業権の一部放棄の場合

しからば漁業権につきその一部を放棄するということが認められるであろうか。

法第二二条では「漁業権者が漁業権を分割し又は変更しようとするときは、知事の免許を受けなければならない」旨規定し(第一項)、この場合申請を受けた知事は「新規漁業権の設定免許と同じく、海区漁業調整委員会へ諮問したうえ、その他公益に支障を及ぼすか否かを審査して免許の許否を決する」ものとしている(第二項、第三項)。

ところで、法は第二二条第一項で、「漁業権を分割し又は変更」と規定し、第三一条で「漁業権の分割、変更、放棄……」と規定しているのみで、漁業権の一部放棄については、何らの規定もしていない。

この点につき、原判決は「漁業期間、方法、魚の種類などの変更は新しい内容の漁業権をその漁業権者に与えることになるので、漁業調整、漁業資源の保護などの公益上の見地から第二二条による知事の免許を要するが、漁業権の漁場の一部についての漁業権の放棄がありうるのであつて、このような一部放棄は漁業権がなくなるだけでそれにより他の権利者が生じまたは漁業権に新しい内容が加えられるものではないから、これについて免許を必要とする漁業調整その他の公益は全く存しないので漁業権の一部放棄は同条にいう変更に該当しない」と判示する。原判決のかかる見解からすると漁場区域の一部放棄による漁場区域の縮少は漁業権者の全く自由に行ないうるものとなりその結果は、放棄された区域に漁業権を有する者がなくなるに止まらず放棄される区域の面積、場所、形などの組合せにおいてあらゆる形態の縮少(例えば虫喰状、ドーナツ状、モザイク状等)もなし得ることとなり、漁業権者の恣意的な縮少も全く自由となる。

しかしながらかかる結果を是認してよいものであろうか。これを是認すれば先に述べた漁場計画主義は根底からくずれさり、漁業調整も全く不可能となることは明白である。よつて漁場区域の一部放棄の場合も漁業権の変更として漁業調整、資源の保護その他の公益上の見地から、漁業権者の恣意にまかせないで、知事の免許を必要とするのであり漁業法に漁業権の一部放棄なる文言がないのは、むしろこのことを明らかにしたものというべきである。

漁業権は水面を客体とする営業権であつて、漁業種類、漁場の位置及び区域、漁業時期という内容を鼎立的にそして有機的に組み合わせてセットされた権利なのであつて、これらの権利内容が強固に結合されて一つの漁業権を構成しているので、その内容のどの一つについても、その拡大であれ縮少であれ権利内容の組み合わせを変更することは、新しい内容の権利を生じせしめることとなる。それ故に漁業権の変更には漁場区域の一部縮少の場合を含めて創設の場合と同様な取扱いを要するのである。

また、漁業種類の削減、漁業時期の短縮の場合についても、漁場区域の縮少の場合と同様の問題が生ずるので漁業権者の恣意にまかせることはできず漁業調整その他公益上の見地から知事の変更免許を要するのである(前記昭三八・二・八水産庁長官及び昭三〇・六・三〇同長官「例規山集」九七頁)。

要するに、漁場計画に変更を来す漁業権の内容の一切の変更は漁業権の変更として知事の免許を要するものである。

(三) まとめ

以上に述べたごとく、漁業法上「漁業権の漁場の一部放棄」なる独立の概念は存在せず、漁業法はこれを漁場の縮少であつて「漁業権の変更」そのものであるとし、漁業権者の恣意的、任意的処分を排して、漁業権の変更は知事の免許処分によつてその効力を生ずるものとし、変更免許は新規の漁業権設定と同一の手続きによつてなすこととしているのである(第二二条)。

高松地裁昭和四五年四月二八日判決、水産庁経済課編、前掲書五一三頁以下五二四頁以下、工藤重男、前掲書六三頁以下、水産庁漁政部長回答昭二八・一二・二、同二七・一〇・二)

従つて、当事者が変更免許の申請をした場合知事がこれを免許するかどうかは、以上の趣旨に従つて決定しなければならず申請を単純に受動的に受理することは許されない。

相手方は「漁業権の変更免許の性質は単に権利者の漁業権変更決議を補充してその効力を完成させるにすぎない」と主張するが、漁業権の変更免許は漁業権の取得分割と同様に変更という権利変動を形成する行為(講学上いわゆる特許)である。

水産庁経済課編、前掲書四四四頁以下五一三頁以下、工藤重男前掲書六五頁、水産庁漁政部長回答昭二八年一二月一一日二八水第一〇六五四、同昭二七年一〇月二日)

四、本件区域における共同漁業権は知事の変更免許により確定的に消滅した。(相手方らに当事者適格がない)。

申立外臼杵市漁業協同組合は、免許を受けていた共第三〇号共同漁業権に関し本件埋立免許の目的たる埋立施行区域を含む一部漁場区域につき漁業権の放棄をすべく、昭和四五年三月二三日大分県知事に対し、右漁業権の漁場区域の変更の免許申請をなし、同知事は大分海区漁業調整委員会の恣問を経たうえ、同年五月二〇日右変更を免許した。

右協同組合の右漁業権の漁場区域の変更の免許申請は昭和四五年三月二一日の右協同組合の臨時総会の決議に基づいてなされたものであるが、その決議は水産業協同組合法第五〇条右協同組合定款第四四条の要件を具えた有効なものであることは、原審で詳細に述べたとおりである。

従つて、右漁業権の変更免許は、適法になされた有効のものであるところ、この免許に対しては所定期間内に、行政不服審査法による不服申立ないし行政事件訴訟法による訴は何人からも提起されておらず、右免許の効力は確定した。

仮りに、右漁業権変更免許の前提たる前記臨時総会の決議に多少の瑕疵あるものと仮定し、また右決議について原判決にいう如く、漁業法第八条の適用があると解しても本件変更免許は有効である。

すなわち行政処分が無効であるというためには、当該処分に重大かつ明白な瑕疵が存在しなければならないのであるが、行政処分の瑕疵が明白であるというのは、処分成立の当初から行政庁の誤認であることが外形上客観的に明白である場合を指すのであり、それはその誤認が一見看取しうるものであるかどうかにより決すべきであるとされ、また、客観的に明白とは処分関係人の知不知とは無関係に何人の判断によつてもほぼ同一の結論に達しうる程度に明らかであることを指すものとされている。(最判昭三六・三・七最高民集一五巻三号三八一頁、最判昭三七・七・五最高民集一六巻七号一四三七頁、最判昭三八・一二・二六訟務月報一〇巻九号一二四六頁、最判昭四二・七・一八訟務月報一三巻一〇号一二一〇頁)。

ところで、本件漁場区域の変更免許申請には、適法に作成された漁業権放棄に関する右協同組合の臨時総会議事録が添付されており、しかも相手方らがその実体を欠くと主張する右臨時総会にしても、当該組合員の過半数が出席し、議案に対する賛成の議決が三分の二以上の多数に達したと認められる状況にあつたものであるから、これに何らかの瑕疵があつたとしても、これは、漁場区域の変更免許を当然に無効ならしめるような明白な瑕疵にはあたらないものである。なお、原判決の如く漁業権放棄に関しては漁業法第八条第三項の適用があるとしてもこれは類推の域を出るものではない。そして、これは法的解釈の問題であり原判決の如き解釈は今回初めて打出された独自の見解である。それ故知事が右規定を本件変更免許には関係のない規定であると解して処理したとしても、これは当然のことであり、従つて本件漁場区域の変更免許にはこれが当然無効になるような明白な瑕疵があるとは到底いえないものである。

そこで、本件埋立施工区域については、前記協同組合は共同漁業権を有しなくなつた。よつて相手方らは、本件埋立施工区域につき、主張の如き漁業を営む権利を有しないので、これを有することを前提として本件埋立免許の取消を求めるにつき何ら法律上の利益がないわけであつて当事者適格がない。

五、本件埋立免許申請に添付された臼杵市漁業協同組合の同意は有効である。(表見代理)

さきに、述べたとおり漁業権変更免許により本件埋立区域については、右組合は漁業権を有しなくなつたので、本件埋立免許には右組合の埋立同意は必要ではない。かりに何らかの理由によりこれが必要であるとしても、次に述べるとおり右組合が参加人会社に対してなした同意は有効である。

すなわち、仮りに原判決にいう如く、右協同組合の漁業権の一部放棄について漁業法第八条の類推適用があり、また、右漁業協同組合の特別決議に瑕疵があつたとしても、本来理事は水産業協同組合法第四五条、民法第五三条により対外的に組合を代表して法律行為をなす権限を有するものであるから、漁業法第八条による同意ないし総会の特別決議を必要とすることは水産業協同組合法第四五条において準用する民法第五四条所定の理事の代表権に加えた制限であると解される。そうすると、右同意や総会の特別決議の要件を満たさないで、理事が対外的関係で法律行為をした場合、善意無過失である相手方は民法第一一〇条の権限踰越による表見代理の規定によつて保護されなければならない(最高裁昭和三四年七月一四日判決、最高民集一三巻七号九六〇頁参照)。

ところで、参加人会社は本件公有水面埋立の免許を受けるべく、大分県知事に対し、その申請をなしたものであるが、同会社は当該水域に関して漁業権を有する組合の代表者より、本件公有水面埋立実施に関する同意を得た上で公有水面埋立法施行令第二条第二項第三号により該同意書を添付して埋立免許申請を行なつたものであり右同意の対価として金一一、〇〇〇万円支払つたのである。

そこで組合の同会社に対する同意の効力について考えてみるに、前記の如く漁業法第八条第三項の類推適用による関係漁民の三分の二以上の同意を要するということは、これを否定するのが通説的な見解でありかかる見解をとらなかつたとしても、同意の相手方たる同会社は善意無過失であつたというべきである。

また、組合総会についていえば、同会社は組合から、総会において有効な承認を得たとの説明を受けたうえで、同意書の交付を受けたものであつて、この承認の有無については、それが組合内部の問題であるため第三者たる同会社としては、通常の方法をもつては、これ以上調査確定することはできないのであり、それを要求することは不可能を強いることになる。従つて、同会社は右同意に瑕疵があつたとしても善意無過失の第三者として保護せられるべきであり、従つて参加人会社との関係では、右同意は公有水面埋立法第四条第一号の要件を満たす有効な同意といわざるを得ない。

従つて、本件埋立免許にも何ら瑕疵はない。

原判決の如く単に漁業法第八条の要件を満たしていないことの故をもつて、本件公有水面埋立法上の同意を無効視することは失当である。

第三 結論

以上のべたとおりの理由から原判定はすみやかに取消さるべきである。

(別紙(二))

準備書面

一、漁場区域の変更と漁業法第八条第五項、第三項について

第一種共同漁業権の漁場区域の変更(漁業権の一部放棄)の場合に、漁業法第八条第五項、同条第三項所定の書面による同意を必要としないことについては、抗告人がすでに主張したところであるが、かりに原決定が述べているように、漁業権行使規則変更の場合に準じて関係地区の区域内に住所を有する第一種共同漁業を営む組合員の三分の二以上の同意を必要とすると解しても、この同意はかならずしも書面による必要はないというべきである。

すなわち、漁業法第八条第五項、第三項の趣旨は、第一種共同漁業を営む組合員の利益を保護することを目的としているのであるから、漁場区域変更の場合においても、これらの組合員の利益保護の趣旨が漁場区域変更の手続きにおいて実質的に保障されていれば足りると解すべきであり、かならずしも書面による手続きを要するものではないというべきである。

もし、漁場区域変更の場合に、漁業法第八条第五項、第三項の手続きを履践すべきことが明文の規定によつて定められているとすれば、第一種共同漁業を営む組合員の三分の二以上の書面による同意を要することは明らかであるが、漁業法はかかる明文の規定をおいていないのであるから、漁場区域変更の場合には、あくまでも、漁業法第八条第五項、第三項の規定の趣旨を類推して、第一種共同漁業を営む組合員の利益保護をはかるべきであるというにすぎないのであつて、同意が書面によつて行なわれるべきことまで要求される根拠はないというべきである。

このことは、本案訴訟一審判決も暗黙のうちに認めているところであつて、同判決は、三分の二以上の書面による同意が必要であると述べながらも、「なお、書面による同意はなくとも、これと同程度の明確な同意があれば足りる余地があるとしても、……」と述べて、三分の二以上の明確な同意があつたかいなかを判断しているのである。

右に述べたように、書面による手続きを要しないと解すべきことは、漁場区域変更のための水産業協同組合法第五〇条第四号の議決が全組合員の一致によつて成立した場合にも、なお第一種共同漁業を営む組合員の同意が、書面によつていないことの一事によつて議決を無効とすることの不都合を考えれば容易に理解しうるところである。

二、第一種共同漁業を営む組合員数

第一種共同漁業権の漁場区域変更について、同漁業権の内容たる漁業を営む組合員の三分の二以上の同意を必要とすると解した場合には、当然のことながら、その同意権者の範囲が問題となる。

この点につき漁業法第八条第三項、第五項は、第一種共同漁業権の関係地区の区域内に住所を有する当該漁業権の内容たる漁業を営む者と規定している。

ところで、本件共第三〇号第一種共同漁業権の関係地区は、臼杵市のうち大字臼杵、大字板知屋、大字大泊、大字風成、大字深江、大字市浜、大字諏訪、大字大浜、大字中津浦の九つである。

そして、共第三〇号第一種共同漁業権行使規則(乙三六号証の一)によれば、共同漁業権の内容たる漁業を営む権利を有する者は、関係地区である右九つの大字に住所を有する個人である正組合員とされている。

したがつて、臼杵市漁業協同組合の個人である正組合員のうち右九つの大字内に住所を有する者は、すべて共第三〇号第一種共同漁業権の内容たる漁業を営む権利を有するのであり、これら権利を有する組合員は、同漁業権行使規則変更の場合の同意権者であると解すべきであり、漁場区域変更の場合の同意権者の範囲も右と同一に解されるのである。

そうであるとすれば、臼杵市漁業協同組合の正組合員で前記九つの大字に住所を有する者は四一六名であるから(乙二五号証の二の写しの五枚目「出資金及び出資予約金調」の「臼杵」欄の正組合員数)、その三分の二以上の同意の要件をみたすためには二七八名以上の同意があれば足りることになり、一三九名以上の反対があると、三分の二以上の同意の要件をみたさないことになる。

本案訴訟一審判決は、右同意権者の数につき、一二九名であるとしているが、同判決は、この数の認定の根拠については、何ら理論的考察をなさず、単に「当事者間に争いのない事実」として認定しているのみであつて、同判決のこの点の認定の根拠について、同判決事実摘示ならびに審理の過程から推認すると、本件海面を地先地区として慣行上、そう類採取ができるのは地元大泊居住の組合員であるとの理解をした場合の七〇名および、本件の総会時に、昭和四四年度漁業免許料納入簿に、磯突き漁業、なまこ網漁業、たこ繩漁業にかかる免許料を納入した者として登載されている五九名(重複者四名を除く。以上合計一二九名)を指すにすぎないものであるから、右一二九名をもつて同意権者の総数であると解するのは誤りである。

すでに述べたように、行使規則変更の場合の同意権者は、行使規則上、漁業を営む資格を有する者全員であり、漁業区域変更の場合もこれと同一に解すのが正当であり、行使規則変更時、あるいは漁場区域変更時に、たまたま一時的に第一種共同漁業を休止していたからといつて同意権者の範囲から除外されるべきでないことは当然であり、また、行使規則の変更、あるいは漁場区域の変更によつて、組合員の現に行なつている漁業の操業が直接影響を受けることがないとしても、影響を受ける可能性はつねに存在するのであるから、かかる組合員を同意権者から除外すべきでないこともまた多言を要しないところである。

もつとも共第三〇号第一種共同漁業権行使規則は、漁場の区域をA区城とB区域に分割し、それぞれの区域に対応して関係地区を二分し、漁業を営む者の資格を定めているが、このA区域とB区域の分割は、行使規則変更の場合の同意権者の範囲を決定するに際して、関係地区の範囲に影響を与えるものではない。なぜならば、第一種共同漁業権の関係地区は、漁業法第一一条第一項にもとづく知事の定めるところによつてきまるのであり、同法第八条第三項の関係地区とは右知事の定めた関係地区を指すものだからである。また、事実上もA・B両区域の一方にのみ関係する行使規則の変更ないし漁場区域の変更の場合であつても、隣接する他の区域に影響がないとはいえず、また将来A・B区域の分割が廃止された場合には、直接影響を及ぼす結果となることは明らかであるから、A・B両区域の分割が同意権の範囲に変動を及ぼすべきものではない。

三、本件漁場区域変更における三分の二以上の同意

本件共第三〇号第一種共同漁業権の漁場区域変更における水産業協同組合法第五〇条第四号の議決は、昭和四五年三月二一日の組合総会において行なわれたのであるが、右議決における反対者の数は、控訴人が強く主張しているように、わずかに三名であり、賛否を明らかにしなかつた者の数は七六名である。したがつて、右議決において本件漁場区域変更に反対し、あるいは明確に同意しなかつた者は、合計七九名である。

そして当日の総会においては、書面議決書を提出した者を含め、総正組合員が議決に参加しているのであるから(ただし議長を除く。)、右七九名を除いた他の者は本件漁場区域の変更に賛成しているのである。

このように、賛成の意思表示をしなかつた者はわずかに七九名であり、前述した、共第三〇号第一種共同漁業権の漁場区域変更の同意権者総数四一六名の四分の一にもみたないのである。

以上のとおりであるから、本件漁場区域変更については、実質的に三分の二以上の同意を得ているのであり、共第三〇号第一種共同漁業権の内容たる漁業を営んでいる組合員の保護において何ら欠けるところはなかつたのである。

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